生薬手帳Crude drug

キハダ

基源
学名 Phellodendron amurense Ruprecht

【科名】ミカン科
【生薬名】黄柏(おうばく) (樹皮 日本薬局方収載)
【薬用部位】樹皮(内皮)

東アジア北部山地に分布し、日本各地の山地に自生する雌雄異株の落葉高木です。一般に雌株は非常に少なく、普通見られるのは雄株です。樹高は25mになり、樹皮は淡黄褐色で厚いコルク質、縦溝があります。
コルク質の樹皮を剥ぐと、鮮やかな黄色の内皮が出てきます。葉は長さ20~40cmの奇数羽状複葉で対生(ひとつの節に2枚の葉が付く)し、小葉は5~13枚。花期は6月で枝先に黄緑色の小さな花を円錐花序につけます。

果実は径1cmで秋に黒色に熟しますが、この実は冬にも落下せずに残ります。
キハダ属の分布は東アジアに限られ、中国に6種、台湾に1種、朝鮮半島に4種、日本に5種があるとされていおり、日本産にはヒロハノキハダ 、オオバノキハダなどがあり、いずれも薬用とされています。

蘗(ばく)木(ぼく)の原名で、中国最古の薬物書である『神農本草経』の中品に収録され、その薬能は「五臓の病、腸胃の病、中に結熱した病、黄疸の病、腸痔を治す、云々」と記載されている漢方の要薬です。 日本では紀元前2000年頃の縄文時代の遺跡より「キハダ」の出土があり、考古学上、使用が確認された最古の生薬の一つといわれています。

信濃生薬研究会が昭和40年代に木曽地方の山村旧開田村で伝承薬の調査をした報告書によると、キハダの項では実に21項目に及ぶ疾患に用いられたとあり、まさに万能薬的な利用です。 現在では良く知られた苦味健胃効果・殺菌効果・抗炎症効果等を勘案すると真に的を得た利用法ともいえます。 薬の少なかった古い時代にあって、キハダは幅広い疾患に極めて有効な医薬品であったことが想像されます。

樹皮にアルカロイドのベルベリン、パルマチン、マグノフロリン、グアニジン、アェロデンドリン。 苦味質のオーバクノン、リモニンのほか、リノリン酸、β-シトステロールなどを含みます。主成分ベルベリンは大腸菌、チフス菌、コレラ菌に対して殺菌性、黄色ブドウ球菌、淋菌、 赤痢菌などに対して強い抗菌作用が認められており、黄柏は苦味健胃整腸剤として各種漢方薬に処方され、民間薬としては健胃、整腸、止瀉薬として用いられています。

キハダの水製エキスを煮詰めて竹皮に延ばした製剤(陀羅尼助)は、7世紀に山岳修験者の頭領として活躍した役(えんの)行者(ぎょうじゃ)小角(おずぬ)の創薬とされています。 山伏には必須の常備薬であり、この製法は各地に伝わりました。木曽御嶽山にもその製法は伝わり、霊山に自生する御神薬「御嶽五夢(おんたけごむ)草(そう)」を配剤し「百草」が誕生しました。

江戸の末期から、全国の信者に格別の信頼を受け大量に製造され、四国では「練熊」、富山では「熊の胃」といった製剤がありますが、いずれにしてもキハダを主原料としています。
このような歴史に思いをはせれば、「医薬品製剤」として日本で最初に製造されたのがキハダ製剤でもあると考えられます。

<文献>
神農本草経を巡りて(大徳美術印刷㈱)
信州の民間薬(医療タイムス社)
日本の伝統薬(主婦の友社)