生薬手帳Crude drug

ハシリドコロ

基源
Scopolia japonica Maxim.

【科名】ナス科
【生薬名】莨菪根
【薬用部】根茎及び根

本州から九州、朝鮮半島に分布し、主に湿った谷の陰地などに自生する多年草です。地下には太い塊茎があり、横に這いながら成長します。
茎は高さ30〜60cmで直立し、まばらに分枝するのが特徴です。葉は長さ20cmに達する楕円状卵形で、葉柄をもち、全縁で柔らかい。
春になると、葉腋から1個ずつ鐘形の花を下垂します。緑色の萼(がく)と暗紅紫色の花冠の先はいずれも浅く5裂し、花後、萼は大きくなって、球形の蒴果(さくか)を包みます。

地下茎がオニドコロに似ていますが、有毒であるため誤食すると幻覚に襲われ、走りまわることが和名の由来です。この成分は、医薬品の原料として極めて重要なものです。
有毒成分は複数のアルカロイドで、アトロピンatropine、ヒヨスチアミンhyoscyamine、スコポラミンscopolamineなどを含み、胃痛,胃痙攣、十二指腸潰瘍などに用いられるロートエキスの製造原料とします。

早春、他の植物に先駆け新芽を伸ばします。これは一部の地域で山菜として利用されている「ヤマゴボウ」に酷似しているため、新芽を山菜と間違えて食した中毒事例が多々あります。
中毒症状としては、酒に酔ったような状態になり、症状が進むと気が狂ったように涎を垂らし見境なく暴れて走り回る(名の由来)ことになります。
根茎による中毒死のケースでは全裸になっていることが多いといい、これは副交感神経の遮断により体温上昇や、苦しさへの逃避により衣服を脱いでしまうためであると思われます。

長野県は自然環境に恵まれた地であり、古い時代から天然薬草の採集や集荷・出荷の事業が盛んに行われてきました。
昭和25年には戦後の不況の中失業対策として行政の取り組みも始まり「長野県天然薬草採取失業対策」の名称で事業展開がなされ、長野県は全国的にも有数の生薬県になりました。
長野県生薬行政の裏付けとして発足した長野県生薬㈱は、当初70品目ほどの取り扱いがあり、そのため多品目による混乱と相応の苦労とを伴いました。
そのため昭和26年には営業方針として、取り扱いの主力を黄柏と莨菪根に絞って事業展開してきたという経緯があります。
県内至る所に自生している環境から、長野県とハシリドコロにはそんなつながりがあります。