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長野県製薬株式会社
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■御嶽百草の誕生と御嶽信仰■

御嶽信仰

御嶽山は長野県木曽郡と岐阜県益田郡との県境にまたがる標高 3,067 mの独立峰で、古来より信仰の霊山として有名で、現在も毎年数十万人を超える信者が登拝しています。

この御嶽山が修験道の道場として広く全国的に知られるようになったのは、天明年間 (1780 年 ) に現れた覚明行者と普寛行者の熱心な布教活動の賜であります。

両行者の努力によって各地に御嶽信仰の講社 ( 同じ神仏を信仰している人々で結成している団体 ) が確立されました。

その後も有力な行者が現れ、この信仰によって病苦が救われることが信頼され御嶽講社が全国的に結成されました


画像提供・御嶽神社


■「百草」と御嶽信仰の融合■

このように御嶽山は霊山として覚明行者、普寛行者によって開山されましたが、修験道の行者は呪術の他、採薬術、合薬術等の知識を身につけていたと言われています。

寿光行者 ( 普寛行者の高弟 ) が、王滝口登山道を開くのに五年の歳月をついやしたが、その際に協力してくれた王滝村の村人に対し「何も御礼するものがない。せめて “霊薬百草” の製造が今後役にたてば幸いである。」と伝え、王滝村人に百草の製造を指導したのが現在の百草の始まりになります。こうして御嶽信仰と融合した百草は家伝薬としてしだいに、王滝村から御嶽山の登山道沿いの三岳村、木曽福島町に広まりました、こうして生まれた和漢薬百草は、わが国の風土に根ざした、日本固有のものであります。

その後、明治十年 (1877 年 ) 王滝村、三岳村、木曽福島町の製造販売業者 27 人が木曽百草販売組合を設立したのが弊社の前身であります。
統制令などによりその後、長野県売薬製造統制株式会社、長野県製薬株式会社と名前を変え現在に至ります。
その間、三代目社長家高卯助がより服用しやすくした百草丸を最初に研究開発し、今日広く親しまれるようになりました。

■百草元祖の碑■

弊社事業所の敷地内に,、御嶽神社の分霊を受けた長野県製薬株式会社内御嶽神社が奉られています。祭神は薬祖神である大己貴命と少彦名命の二柱外であり、この両神は医薬の神様として崇められています。
また、その傍らには「百草元祖の碑」が建立されており、そこには「嘉永二年 (1849 年 ) 、胡桃沢弥七と小谷文七が普寛行者の遺法 ( 過去から現代に引き継がれている法 ) を共に謀りて “百草” を作るに始まる」と記されています。
(写真:向かって 左の碑が「百草元祖の碑」です。)


■ 百草元祖の碑■

百草元祖の碑・中台正面

百草元祖の碑・上台右横



 

 

 

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